黄色は止レマ

エッセイあるいはただの戯言

昔の知り合い

会社に新しい人が入った。

彼は元々フリーで働いていたものの、ちゃんと会社勤めがしたいとのことでウチに入ってきた。
今までウチにはいなかったタイプのスキルの持ち主で、事業拡張が見込める人材だ。素晴らしい。
そこで、新たな事業に取りかかろうという段になり、必要な物資がいくらかあるということが分かった。
元フリーの彼は我々にはない人脈も持っている。「あ、じゃあ僕のツテを使って調達してきます」というので任せることにした。
しばらくタバコを吸いながら電話をしていた彼だったが、何故か私の方をチラチラと見ている。
電話を切った彼は、私にこう言った。

「ミタカさん、学生の時の知り合いでAって人いました?」

知ってる名であった。
話を聞いてみるとどうやら、学生時代のクラスメイトがフリーとなって活躍しており、新人さんとも繋がっていた、ということらしい。Facebookで私のアカウントを見かけた際に、社名を覚えていたのだとか。
そこで私からポッと出てきたのが「あいつ嫌いなんだよね」という台詞だった。
え、なんで?という話題でひとしきり盛り上がったのだけど、どうもこの発言が自分で引っ掛かってしまった。

なんであいつのこと嫌いなんだっけ?

確かにお調子者でちょっと鬱陶しかったし、私のことをちょくちょくからかってきたりもした。
でもその程度の話で、彼自身が嫌な人間だったわけではないし、むしろどこにでもいるような人格であったと思う。
なんであいつのこと嫌いなんだっけ?

Aくんと共に過ごした時間は、専門学校に通っていた最初の1年。つまり10代の終わりの時期。
“あの頃"の知り合いで、今も付き合いのある人間は一人もいない。自分から絶対に連絡をとらないようにしているからだ。
"あの頃"の自分はろくでもない人間だった(今だってろくでもないけど)。その事実が耐えられないほど嫌で、私は自分を恥じていた。私は"あの頃"の思い出が嫌いだった。
だから言い換えてみれば、"あの頃"の自分を知ってる人間は大体嫌いだ。嫌な記憶は忘れてしまいたいし、他人がそれを知ってるなんてそれこそ耐えられない。
そういう気持ちを自分の中に押し隠していることをすっかり忘れていた。

他人は自分を映す鏡、という言葉がある。
Aくんを嫌いだ、と言ったあの時。私は自分が嫌いだ、と言っていったのだ。
それに気づいて、とても悲しい気持ちになると同時に、Aくんに対して申し訳なさを覚えてしまった。
私はただ、自分の無責任さを他人に押し付けているだけだった。別にAくん悪くねーじゃん。

Aくん、嫌いだなんて言ってしまってごめんな。

もしも今度会う機会があったなら、一緒に美味しい酒が飲めればいいと思う。