読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

黄色は止レマ

エッセイあるいはただの戯言

隣の芝生は青いのか、それとも己が悪いのか

ここらで一つハッキリさせておこう。働きたくねぇぇぇえええええ!!
しかしそうも言っていられないのが社会というものであり、人というものである。働かざる者食うべからず。
違う、そういう話をしたいのではない。働かなかったら食えないのは当たり前だ。そういう事が言いたいのではない。実際に働かなかった場合、どうなるのかという話だ。表題に意味は無い。

私は一時、俗にいうニートだった。
三ヶ月というあまり長くない期間のことであったが、不思議なことにその時期に自分が何をしていたのか全く覚えていない。しかし何を思っていたのかは良く覚えている。
二十歳を過ぎて親の世話になり、社会にも貢献せず、堕落をむさぼる毎日。友人は仕事や夢に邁進し、近所のコンビニの店員ですら眩しかった。つまり私は劣等感に苛まれていたのだ。
当時の出来事で一つだけ覚えていることがある。断食だ。やることも無ければお金も無いので、コスパの良い暇つぶしとしてやってみた。
普通の断食は少しずつ食べる量を減らしていくものなのだが、そのような知識を当時は持ち合わせていなかったので、とりいそぎ水以外の一切の食を断った。当然ながらこれが大変つらいのである。当時はやることが無い分、食が唯一の娯楽と化していた感もあり、尚更にきつかった。
あまりにつらいので気を紛らそうとするのだが、漫画を読んでも集中できないし、散歩に出ると疲労してしまう。そこで目を付けたのが友達の忘れていったタバコであった。
最終的に三日間断食(的な何か)をやり遂げた。その代わりに喫煙者になってしまうという意味不明な結果となったのである。その後の出費にタバコ代が加わり、いよいよもって堕落がこの身に沁みついてきたと感じていた。
その後なんやかんや一念発起し、バイト先を見つけることに成功するのだが、それはまた別のお話。

閑話休題
つまり自分の経験から言うなら、実際に働かずにいると、今度は働いていないことに苦悩することになるのだ。隣の芝生は青い。
ここで補足が必要になる。働いている時は働きたくないが、働いていない時は決して働きたいワケではないのだ。なんならこの期に及んで働きたくないとさえ思っている。しかし働かざるを得ない程に精神を圧迫されるのだ。誰に?自分に。
根本的に怠け者であるにもかかわらず、それまで培ってきた常識や社会の目(それは時に幻覚だったりする)に押し潰されそうになり、結果的に働かないと駄目なのだという気概になる。

働きたくない。
これは私の中に一貫して存在する欲求である。普遍的だとさえ言える。
しかしこの欲求が完璧に叶うことは無い。たとえ腹を満たしても、そのうちまた空腹になるように。
それでも腹は鳴るのだ。だから今は、少しだけその欲求に応えてやる。

実は今、職場で仕事を放り投げてこの文章を書いている。
そんな私をクズだと罵ってくれて構わない。事実なのだから。

それでは定時になったので上がるとする。